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一人の少女の成長を瑞々しい映像で淡々と綴った佳作。シンデレラ・ストーリーのスタイルを踏襲しながらも、慎ましやかな幸福の在り方をも描いた物語。『青いパパイヤの香り/ L’ODEUR DE LA PAPAYE VERTE 』

Text & Illustration by Yoshimi Yoshimoto (Design Studio Paperweight)

2015.10.10

 木々の葉の隙間からこぼれる陽射し、庭とひと続きの開放的な造りの家屋、美しい家具や骨董の数々、窓にはめ込まれた鉄枠のデザインの多様さ、それらを包み込む澄みきった空気、そして瑞々しい青いパパイヤの実…。

 『青いパパイヤの香り』(1993)は、ベトナム戦争が起こる以前の[古き良きベトナム]の日常を、シンプルで洗練されたタッチで描いた作品です。光や影、夜の闇や水や草木を効果的に使った映像には溜息が出る程。BGMは虫の声や鳥の鳴き声が殆どで、自然の中にいるかの様な心地良さです。

 この映画を生み出したトラン・アン・ユン監督は、2010年に村上春樹原作の『ノルウェイの森』を監督したことでも有名なベトナム系フランス人。12歳の時に戦火を逃れ、一家でフランスに亡命。パリの映画学校で学び、映画監督の道を歩んだ彼が作った記念すべきメジャーデビュー作が、この『青いパパイヤの香り』なのです。

 作品にハリウッド映画等の暑苦しさや騒々しさを感じないのは、ベトナム人としての美意識と、フランスで培ったセンスとが融合されて出来ているからなのでしょう。作品はそのナチュラルな雰囲気からは想像出来無かったのですが、フランスでのオールスタジオロケなのです。監督はベトナムで撮りたかったそうですが、その願いは次作『シクロ』(1995)で果たされます。

 ところどころ小津安二郎を意識しているのかな?とも思えるシーンがあります。フランスで尊敬されている小津スタイル(固定カメラ、奥行きの見せ方等)は、同じアジア系のトラン・アン・ユン監督によって巧く生かされているとぼくは思います。

 物語は主人公のムイが奉公するお屋敷という、小さな空間の中だけで繰り広げられるのですが、そこで多くを学び、感じながら成長していく彼女の姿が良いのです。特に調理のシーン。ムイが一番生き生きと輝いて見えます。「野菜は強火で」「盛り付けは見栄え良く」と、先輩女中が教えてくれる事は、料理の勉強にもなるのでぼく達観客にも役に立つ。

 主人公のムイを演じた2人の女優の魅力が素晴らしい。少女時代を演じたリュ・マン・サンの素朴な可愛らしさ、大人のムイを演じたトラン・ヌー・イェン・ケー(彼女は監督の公私共に良きパートナーでもあります)の存在感。ベトナム女性の凛とした雰囲気を感じる事が出来ます。

 ムイの生き方を一言で表すならば〈心がゆき届くこと〉という意味を持つ「丁寧」という言葉がぴったり。『青いパパイヤの香り』は、かつて存在した美しい国の、美しい女性の、美しい物語です。

■ストーリー

 1951年。ベトナムのサイゴン市にあるファン・チャウ・トァン通りを、1人の少女が歩いている。彼女の名はムイ(リュ・マン・サン)。まだ10歳という幼さだが、服地屋を営むお屋敷へ奉公をしに来たのだ。お屋敷には、働く事無く1日中楽器を爪弾いている主人、代わりに家計を一手に引き受けて店を切り盛りする妻、7年前に孫娘を亡くしてから仏間のある2階から降りてこない姑、そして3人の息子達が住んでいた。快く迎えられたムイは、年のとった先輩の女中に料理を始めとして様々な家事雑事を教えて貰いながら、毎日朝早くから夜遅くまで、黙々と懸命に働く。

 ある日、主人が家の有り金を全部持って出て行くという事件が起こる。これまでにも家出をしてはフラリと戻ってくる、という事を繰り返してきた主人だったが、7年前に実の娘のトーが亡くなって以降は家出をしなくなっていた。しかし…。突然の出来事にショックを隠せない妻や息子達。ムイはその亡くなった娘と同じ年である事を知る。妻は姑から「お前が悪い嫁だからだ」等と責められながらも愚痴1つ言わず、悲しみに堪えながら主のいなくなった家を支え続ける。そしてある朝、夫は家に戻るなり亡くなってしまう…。

 …10年後。お屋敷は長男夫婦が取り仕切っていた。ムイ(トラン・ヌー・イェン・ケー)は経済的な理由で暇を出され、代わりに長男の友人であるクェンのお屋敷で働く事になる。お金持ちで美しいお屋敷に住み、新進作曲家として活躍する彼は、ムイにとって初恋の人でもあった。ムイは良家の婚約者と優雅な毎日を送るクェンの生活の陰で、優しい微笑を浮かべながら黙々と働き続ける。そして…。

https://youtu.be/E3rDRPiaLtE

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