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「日常に見隠れする謎と偶然の連続、それが人生。」ポール・オースターを読む。

Text & Illustration by Yoshimi Yoshimoto (Design Studio Paperweight)

2019.06.11

ポール・オースターの著作は全て読んでいる。愛読書だ、という訳でも無いのだが、何故か心に留まるものがあり、新刊が出れば必ず読んでいる。取っ掛かりはあの有名な、彼の名前を決定的に世界に広めたニューヨーク3部作『シティ・オヴ・グラス』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』だ。タイトルの雰囲気から最初はミステリー作家かと思って手にとった。1990年代前後から、純文学やミステリー作家問わず、アメリカにおいて次々と若手作家がデビューした。「ニューロストジェネレーション」等と呼ばれたそのブームにぼくは乗り、翻訳版や原著お構い無しにもっと面白いものは無いかと読み漁った中、出会った作家の1人がポール・オースターだった。

常識ではあり得ない様な状況が展開する虚構の物語が、同時に現実感を伴う不思議な感覚。やや自意識過剰気味でありながら、善や悪では割り切れない魅力的な人物が毎回登場する。オースターの作品は、日常に潜む不安感、独特の浮遊感、現実の問題からの逃避、欲望や願望、渇望を見え隠れさせながら、物語の謎は解決しないままラストを迎える事で、余韻が印象的に深く残る。題材となる日常事象をオースターは細かく注意深く観察しているのだ、という事がエッセイ集『トゥルー・ストーリーズ』から読める。奇跡や偶然や因果が複雑に絡み合い、交差して人生を作る不思議。オースターは虚無感を描くのが上手い。普通のアメリカ人、おそらくプロテスタントには生まれないであろうその発想は、ユダヤ系であるオースターならではのものかも知れない。

オースター自身の経歴も又興味深い。1947年、アメリカはニュージャージー州ニューアークのユダヤ系中流階級の家庭に生まれる(両親は価値観の違いで離婚)。12歳の時、ヨーロッパに出かけた叔父から預かった古典文学や近代文学、詩や戯曲を読み耽り影響を受ける。18歳でフランスや欧州を放浪、コロンビア大学に入学するも再びフランスへ渡り、映画産業に興味を持つが断念、帰国してコロンビア大学を卒業する。その後6ヶ月間タンカーの船員(!)になり、フランスに3年滞在後、帰国。様々な職を転々としながらフランス語の詩の英訳、フランス現代詩アンソロジーの編纂にたずさわる。そして苦難の果て『ニューヨークタイムスブックレビュー』に『シティ・オヴ・グラス』が絶賛され、一躍脚光を浴びた後、コンスタントに小説を発表し続け、現在に至っている。

大学の作家養成コース等には進まない姿勢を貫き、創作のための人生というより、奇跡や偶然や因果の不思議を味わう人生をオースター自身が望み、そこから得たユーモアや、現実に横たわるドラマ性がオースター作品の魅力となっている。彼の場合、予め失う事は発見につながり、内面に向き合うには不安が不可欠なのだ。

オースター自ら脚本を書き下ろした『スモーク』('95製作。ハーヴェイ・カイテル主演、ウェイン・ワン監督)は評価が高く、これでオースターを知った人も多い。『ルル・オン・ザ・ブリッジ』(ハーヴェイ・カイテル、ミラ・ソルヴィーノ主演。)では脚本・監督業を務めている。ぼくは『スモーク』の設定が好きだ。ブルックリンの街の雰囲気等のロケーションに魅かれる。オースター流ニューヨーク暮らし改善法をそこに感じる。「世界にすっかり押し潰された気分の時に笑顔を浮かべる事。街で他人に微笑みかけて、誰か笑顔を返してくれる人がいるかどうか見てみる事。それぞれの日に受けた笑顔の数をたどっておく事。笑顔が返ってこなくてもがっかりしない事。受けとった笑顔1つ1つを、貴い贈り物とみなす事」。そして日常の細やかな事件を見過ごさない視点は、彼の著作にも通じる。

「私が語りたいのは予期しえぬ事の存在、圧倒的な困惑に満ちた人生の経験。この瞬間から次の瞬間の間にも何が起こるか分からない。それまで抱いていた世界に対する確信が一瞬にして砕け散る。哲学的な言い方をすれば、偶発性の力という事。私達の生は実のところ私達のものでは無いんですよ……それは世界のものであって、それを意味づけようとする私たちの努力にもかかわらず、世界は私たちの理解を越えた1つの場なのです。」 ポール・オースター

 

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